体験談

私が同人誌活動をしていた頃の楽しい思い出と辛い思い出を振り返ってみた。

私がコミケや同人誌を知ったキッカケ

どうも、あしたのひまわりです。
今回のブログは私が同人誌にハマったキッカケとサークル活動して同人誌を作ったキッカケ、その後同人誌活動を辞めるに至ったキッカケについて振り返ってみようと思います。

以前にも書きましたが私が同人誌にハマるキッカケとなった出来事は本屋で購入した聖闘士星矢の同人誌アンソロジー『星矢に夢中!!』がキッカケでした。
当時はキャプテン翼から聖闘士星矢へとブームが移り替わっていた頃だと思います。
『星矢に夢中!!』の発売以降も、たくさんの聖闘士星矢の同人誌アンソロジーが発売され、私は片っ端から購入していました。
そして、その当時の同人誌アンソロジーには各サークルさんの連絡先(当時は住所)が記載されており、興味を持ったサークルさんに宛名付き返信用封筒を同封して問い合わせて、同人誌を通販したりしてました。

初めての同人誌即売会参加は1988年の晴海の夏コミで一般参加でした。
友達が引くぐらい好きなサークルさんの本をどっさり買い漁ったりしましたね。
その当時も絵を描いたりはしてましたが、自分で描いて自分で楽しむ用のコピー本を1冊だけコンビニのコピー機で印刷して作って満足していました。

その後もずっと同人誌は読む専門でしたが、1990年~1991年くらいに大阪の天満にコミカというアニメショップが出来て、そこのアニメショップが格安で週に1回、漫画教室を開催すると言うので参加しました。

今いる関西の友人たちは、そこの漫画教室で知り合った友人たちで、今現在絵を仕事にしてる方も数名います。
ちなみに、そのコミカというアニメショップは数年で潰れてしまい、今は『コミカビル』というビルの名前だけが残っています。
関西で生まれ育ったオタクさんたちでコミカの事を知っている方はどれぐらいいるのかなぁ~。

初めて作った同人誌は、あしたのジョー本で印刷代は8万円!!

コミカの漫画教室で漫画の勉強を始めた私は1人で描いていた頃よりは少しだけ上達し、同人誌制作に関する知識も得て、自分で同人誌を作ろうと思うようになりました。

1991年~1992年頃、私はテレビアニメの再放送で『あしたのジョー2』に激ハマりしておりました。
南米育ちの無冠の帝王と矢吹丈の組み合わせを妄想してはテンションが上がり、絵の上手い絵師の作る同人誌を欲しましたが、その当時は全く無く、妄想しまくった末、頭の中に物語が浮かんだ為、それを形にしようと『あしたのジョー2』の同人誌を1年がかりで作りました。

漫画教室で知り合った友人たちにもゲストをしてもらって自分でも60ページぐらいの長編や短編を描いて、B5サイズで総ページ120ページぐらいの分厚い同人誌が完成しました。

当時はフルカラーの表紙の本はかなり高価で手が出なかったので、表紙は1色刷りで100部作りました。
印刷屋さんはポプルスで印刷代は当時の価格で8万円…。
よくそんな金額払えたなと我ながら思うけど、当時は若かったし、パチンコ屋さんとか時給が高いアルバイトも出来たからね…。
初めて作る同人誌の印刷代が8万円ですよ、あの当時は若かったな~で、済む問題じゃありませんよね(;^ω^)

そして、その100冊の本はどうなったかと言いますと、全く売れることもなく最後は無料でバラまきました、チャンチャン(笑)

初めて売れた同人誌は永井豪のバイオレンスジャック本

あしたのジョーの同人誌を作って見事に自爆した後は、漫画教室で知り合った友人とオリジナルジュネ(今で言うボーイズラブ)本を合同で作ったり、バーチャファイター2にハマって合同誌を出したり色々としてましたが、本が売れた記憶は全く無く…。

1996年~1997年頃にバイオレンスジャックの愛蔵版が中央公論社から発売されて、それをキッカケにバイオレンスジャックの早乙女門土と身堂竜馬の2人に激ハマりしました。

妄想してはテンションが上がり、絵の上手い絵師の作る同人誌を欲しましたが、その当時は全くありませんでした。
デビルマンやマジンガーシリーズ、ゲッターロボの本の出しているサークルさんはあれど、バイオレンスジャック本を出しているサークルさんは全く無かったのです。

妄想しまくった末、頭の中に物語が浮かんだ為、それを形にしたいと『バイオレンスジャック』の同人誌を1年がかりで作りました。
そして永井豪サークルとしてコミケに初参加!!
かなり好き放題に作った同人誌は意外にも売れてくれて、50冊+α作った本は数年で完売…。
イベント後には感想のお手紙まで貰えて、感激して部屋の中を転がりまくりました。
あの当時の手紙は嬉しくて取っておいてあり、今も部屋の段ボールの何処かに眠っています。

中学生のファンから差し入れも貰えたキン肉マンⅡ世本

永井豪のバイオレンスジャックサークルとしての活動は数年続きました。
当時は世紀末も近く、永井豪ブームで永井豪ファンの人たちも活発で、誘われるまま原作者公認のデビルマンFCに参加して会誌に投稿したりと、色んな人と知り合えて私の同人誌サークル活動時代で一番活発だった時代…。

しかし、妄想の産物のバイオレンスジャックの長編を描き上げると、燃え尽きたようになってしまいました。
※この時の妄想の産物はpixivというサイトで読む事が出来ます。
 アカウントを持っている方で興味のある方はpixivでバイオレンスジャックで検索すると私の描いた漫画に出会えることでしょう。
 絵はめちゃ下手くそですが、暴走気味のパワーだけは感じます。

色んな人と知り合い、次第に周囲と比べて自分の才能の無さに惨めさを感じるようになり、『新刊楽しみにしてます!!』の言葉にプレッシャーを感じ、段々原稿が描けなくなっていき、『もう同人誌活動は辞めようかな』と思って、暫し同人活動を休止していた私でしたが、2003年頃にテレビアニメのキン肉マンⅡ世を観て、キン肉万太郎とチェック・メイトに激ハマりした私は妄想してはテンションが上がり、絵の上手い絵師の作る同人誌を欲しましたが、その当時は全くなく…妄想の末、物語が出来た私はそれを形にしたくなって再び本を作るのでした。

キン肉マンⅡ世本で苦労したのは、やはり画力…。
筋肉が全く描けなくて原作見ながら四苦八苦して描きましたが、バイオレンスジャック本作っていた頃のようなプレッシャーは感じずに気楽に本を作る事が出来ました。

まあ、バイオレンスジャックも最初の1冊目はプレッシャーは無かったのですがね…。
どうも期待されると駄目みたいです。
周囲からの期待に簡単に押しつぶされる豆腐のようなメンタル…。

キン肉マン好きの友人もおらず周囲に知り合いのサークルさんもいない状況で、『これなら本が全然売れなくても恥ずかしくないし、意外と気楽!!』なんてつい思ってしまうメンタルの弱いダメダメな私です…。


キン肉マンⅡ世本は50冊+αの部数だった所為か、それともアニメ効果か、2度のサークル参加で完売してしまって『100部にすりゃ良かった』と後で後悔する羽目に…。

そうそう、キン肉マンⅡ世本でも感想のお手紙を貰う事が出来ました。
それも中学生の女の子に…。
私のPNは『平野拓実』って言うのですが、その中学生の女の子はキン肉マンオンリーイベント(同人誌即売会)にお父さんと一緒に来てくれて、私の事を『平野先生』と呼んでくれてマグカップなどのプレゼントをくれました。

先生呼びには全く慣れず背中がむず痒くなるような気恥ずかしさを感じましたが、やはり嬉しくて当時貰ったマグカップは取っ手が取れてもアロンアルファでくっ付けて今も使用しています。

同人活動を辞めるキッカケになったトリコ本時代

結局、キン肉マンⅡ世サークルでの同人活動も次第にプレッシャーで漫画が描けなくなると言うメンタルの弱さから本が出せなくなり、私は同人誌制作から一線を引いて読み専に戻っていました。

その傍ら、『これならネットに上げても良いかな?』と思えた過去の作品をホームページやpixivにアップしたりもしてました。
2011年~2012年頃だったか、私は週刊少年ジャンプ連載中のトリコと言う漫画にハマり、ココとトリコの組み合わせの同人誌を買い漁るようになりました。

そして当時愛読していた同人作家さんの作品に影響を受けて、その作家さんが推していた小松君とトリコのイラストをpixivにアップしたら、その同人作家さん本人からコメントならぬメールを頂いてビックリ&感激!!

その同人作家さんはトリコジャンルで結構売れっ子の有名な同人作家さんでした。
メールの返信で『自分は貴方の作る作品のファンで同人誌を愛読している』って事を伝えたら、気さくにも『有難う~イベント会場に来たら声を掛けて♥』との返事が。



イベント会場まで差し入れを持って会いに行くと、凄く気さくに接してくれて『今度、一緒に秋葉原に行こう! ジャンプの早売りをしているお店を教えてあげる』と、とってもフレンドリー。

自分の人生で大好きな作品を描かれている同人作家さんとプライベートで仲良くできるなんて夢のような感じでした。
その後、一緒に秋葉原に行ったり、イベントで売り子したり、ジャンプフェスタに行ったりと人見知り気味な私は緊張しつつも交流を続けます。
その作家さんから新刊が発売される度にどうだったか感想を求められるのは、少々プレッシャーを感じましたが…(笑)

その同人作家さんから『平野さんも、トリコの本作りなよ~』と背中を押されて、その作家さんがかつて描かれた私のお気に入りのココとトリコの漫画作品を意識した年齢制限描写ありありの小説本を作ってプレゼントしたりもしました。

殆ど休眠状態だったtwitterもその作家さんに勧められるまま利用を再開して、その作家さんやその他のトリコ本を出している作家さんたちともtwitter上で楽しく交流したりして、束の間だったがとても楽しい時間を過ごせましたね。

やはり、皆で楽しくワイワイ好きな作品を語るのは楽しかったんですよ~。

そして精神状態が安定すると、創作意欲も湧くようで小説本を数冊出したり、pixivで発表したりもしていました。
当時、何で漫画じゃなくて小説を書いていたかと言うと、トリコのムキムキなマッチョの肉体を私の画力では描く事が出来なかったからです。

でも一度だけ、トリコで漫画を描いた事があります。
ゲスト本を出すからトリコの漫画を描いてと作家さんから頼まれたからです。
しかも、デジタル原稿で…デジタルで漫画なんて描いた事も無い私…。
それでも大好きな作家さんからのお誘いで、ゲストとして載る事が出来る!!

しかも売れっ子サークルさんなので自分の描いた作品をたくさんの人に見てもらえるチャンス…。
そんな思いから、何とかデジタルで1本漫画を描く事が出来た私。
自分にとって、最初で最後のデジタル漫画になるであろう1作はトリコがバニーガールの格好をする漫画でした(笑)

他のゲストの方が上手い方ばかりで自分の漫画は明らかにお目汚しだったが何とか使命を果たせて一安心…。
だが、それから間もなく、些細な事でその作家さんとの楽しかった日々も終わるのでした。

それは突然の出来事でした…。
詳細はよく分からないのですが、あんなに仲良くしていたように見えた私の好きな作家さんと他のトリコサークルさんたちの仲がこじれてしまったのです。

そして、そのトリコサークルさんの1人がネット上で私の好きだった作家さんの過去の過ちをばらした事がキッカケでした。


その過去と言うのは、まあ同人誌制作上に関わる事で、ここでは詳細は省きますが、まあ巷ではよくある事だと思います。
昔はあまり問題にならなくなった事もネットが普及したこの時代にはすぐに露見して拡散されてしまう。

私自身は、その作家さんの過去はあまり気にしてはいなかったし、私も似たような事をした事があったので彼女みたいな絵の上手い人でもするんだな~ぐらいの感想でした。

自分には関係のない喧嘩だと割り切って、私自身はいつも通りにしていたし、Twitter上で他のサークルさんたちともトリコの話を楽しくしていました。

しかし、その作家さんから見れば、私にtwitter上とは言え他のトリコサークルさんたちと交流するのを止めてほしかったようでした。
でも、イベント参加も控えていて、喧嘩したわけじゃないのに作家さん以外の他のトリコサークルさんをまとめてブロックする勇気はなく、ちょうどアンソロジーのゲストにも誘われて了承もした後だった。

それはゲスト総勢10名以上の豪華なアンソロジー本、それも私が一番大好きなココとトリコのアンソロジー。
自分の好きな作家さんもたくさん参加されており、『こんな豪華な本に参加させてもらえるなんて最初で最後かもしれない』と言う思いで、一度了承した手前、断りづらいと言うこともありました。

結局断り切れなくて、ズルズルと参加してしまい私の大好きだった作家さんは激怒して、私をtwitter上で暗に批判しまくった後にブロックしてしまいました。

何とか仲直りをしたいと思った事もあり、その作家さんと仲の良い作家さんに相談して復縁(?)にチャレンジしようともしましたが、相手が望まないのにズルズルと縋りつくのも自分が惨めなので最終的には諦めました。


暫くは失恋したかのように引きずりましたが、ようやく最近になって過去の出来事として消化し、ブログにも書けるようになりました。

あの時、あの作家さんが希望するように他のトリコサークルさんたちをブロックして、アンソロにも参加せずに敵対(?)していたら、その作家さんとの関係も続いたかどうか…は分からないけど、そんな事で簡単に壊れるような関係なら長続きはしなかっただろうとも思う。

ただ、pixiv上にある私のトリコ関係の作品は漫画小説ともにほぼ、その作家さんを喜ばしたいと意識して描いた(書いた)作品ばかりなので、ネット上にあるのに未だに読み返せない…。

そして、その関係が壊れるキッカケとなったアンソロジーも辛くて読み返せなくなってしまいました。

そのトリコ事件(笑)以降、私の創作意欲はほぼ無くなり、同人誌活動をしようとか、本を出そうとかいう気持ちは無くなってしまった。
たぶん、それ以前から無くなりつつあった創作意欲を『イケイケGOGO!!』の如く上手く私を乗せて引き出してくれたのが、その大好きだった作家さんだったのだと思います。

まとめ

…と、いう訳で私の同人誌時代を振り返ってみました(笑)
読んで誰が得をするのか、正直全く需要がないであろう記事ですが、自分自身を振り返る意味で体験談として書き綴ってみました。

まあ、サークルさん同士の対立は今も昔もよくある事だろうと思います。
私みたいなマイナーな売れないサークルの場合は、そんないざこざは他人事だと思っていましたが、私みたいな奴でもサークルさん同士の対立に巻き込まれる(?)みたいな事があるんですね~。

皆さんも同人活動される時は他サークルさんとトラブルにならないように気を付けて下さいね。
トラブルなく楽しく同人活動出来るといいですね~(⌒∇⌒)

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